勇気を出して走ると世界が変わる<前編>

~盲人マラソンランナーインタビュー~

2016年のリオ・パラリンピックの女子マラソンに出場した西島美保子さん。61歳という年齢と視覚障害をものともせず、果敢に挑戦する姿が強く印象に残りました。

 

なぜマラソンを始めたのか、マラソンをやってみてよかったことや変わったことなど、お話をうかがいました。

 

 

 

楽しそうな夫を見ていて、走りたくなった

もともとスポーツが苦手だった西島さん。走るなんてもってのほか、部活は吹奏楽部でした。黄班変性症で目が見えにくい中、マッサージ師としての仕事や家事・育児に追われ、40歳になったときに人生の折り返し地点にいることを意識しました。

 

「人生80年。子どもの手が離れるようになって、自分の時間をどう使うか、どんな楽しみを持とうかと考えるようになりました」


視覚障害をもつ夫の趣味はマラソン。友だちも多く、楽しそうに話をするのを見ていて、ちょっとやってみようかなと思ったそうです。「それに、夫婦一緒の趣味があれば、会話も増えるかなと思って(笑)」


軽い気持ちで始めたマラソン。西島さん44歳のときでした。年齢に不安はなかったのですか?と聞くと、「仲間内では40代とか50代ってすごく多いんですよ。私と同じで、自分の時間ができるようになって始めるからかな。年齢のハンデは感じなかったですね」

 

こうして西島さんは、人生の新たな扉を開きました。

 


体を動かす爽快さと仲間ができる楽しさ

子どもたちは、「お母さんもマラソンやるんだ」という感じで、特に心配はしていない様子。夫も、西島さんが無理をしないように、慣れないうちは自分も早めに切り上げるなどして見守ってくれました。

 

「実際に走ってみたら、ゆっくりだったせいもあってぜんぜん苦しくなかったんです。苦手意識を持っていただけかなと思いました。何より、仲間と話しながら走るのが楽しくてね」


体を動かす爽快さと仲間ができる楽しさを感じた西島さんは、世界が広がるのを感じたと言います。

 

「視覚障害があると、どうしても家の中にこもってしまったり、身近な人たちの輪の中で閉じた関係になってしまったりするんですよね。だから、色んな人たちと関わってみたかった。外に出て世界が広がったのが嬉しかったですね」

 

つらかったらやめようと思って始めた西島さんですが、マラソンの楽しさにどんどん引きこまれていきました。

 


力いっぱい走ったら、なんとコースアウト!

44歳で走ることを始めて2年後、46歳でフルマラソンにチャレンジしました。地元でのレースとはいえ、初めての42.195km。その時は視力が0.1くらいあり、近くは見えていたこともあって、走ってみようと決めたそうです。

 

「練習ではいつもの道を走るので問題なかったのですが、レースは初めての道でした。力いっぱい走っていたらコースアウトしちゃったんです。曲がり角がわからなくて真っすぐ走ってしまい、係の人から『こっちですよ!』と声をかけられて戻りました」


当時は、今ほど盲人マラソンの伴走が普及しておらず、少し見える人が見えない人の伴走をしていたこともあったそう。タイムが上がるにつれて公式のレースにも出られるようになった西島さんは、走ることに集中するために伴走を頼もうと決意しました。


伴走者と走る醍醐味、そしてリオ・パラリンピックまでの道のりについては、後編でお伝えします。

 

 

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