視覚障がい者と社会のかけ橋でありたい<後編>

~『点字毎日』記者 佐木理人さん~

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佐木理人さんは全盲の新聞記者。取材にはできるだけ一人で行くとのこと。そこには、自分の足で情報を集めて書くという、新聞記者の基本姿勢がありました。

 

撮影は取材相手に頼み、協力して記事を作る

西は長崎から、東は栃木まで。47都道府県の半分くらいは一人で取材に行ったという佐木さん。

 

「移動環境が整備されてきたのが大きいですね。視覚障がい者の多くが普段は一人で行動します。トラブルもありますが、それを肌身で感じることが大切。それに、同行者と一緒だと、取材相手は同行者に話しをするかもしれません。私一人だったら、私に伝わるように説明してくれますから」

 

『点字新聞』活字版用に、取材では写真撮影も必要です。

 

「写真はさすがにきちんと撮れないので、取材でお世話になる現地の人に撮ってもらいます。そうすると、共同作業で記事を作ることになるんですね」

 

取材現場では、どんな音が聞こえているか、どんなにおいがするか、また歩いたときの足の裏の感覚など、見える人が気づかないような部分にも注意を向けます。

 

「そこに、見えない当事者が取材することの意味があると思うんです」

 

知りたいのは「どうしたら事故が防げるか」

長野県の鉄道で、視覚障がい者が誤って踏切に入り電車にひかれて亡くなった事故がありました。電話取材で情報を集める中、佐木さんは、自ら現地に行かなくてはという気持ちが強くなりました。

 

「警察としては、事件性がないし自殺でもないということで、話が終わってしまうんです。でも、私たちが知りたいのは、どうしたら同じような事故が防げるかということ。そのためには、現地に行って現場を歩き、関係者から直接話を聞かなくては、と思ったんです」

 

長野県警までは亡くなった方の関係者が同行してくれましたが、警察署の中で話を聞くときには同席してもらうわけにいきません。署員は、佐木さんが来て初めて、見えないことを知ったそうです。

 

「『えっ?この目の見えない人一人を置いていくの?』って戸惑っている様子でしたね。でも、私にわかるように丁寧に説明してくれましたし、私も聞きたいことをじっくり聞くことができました」

 

記事の掲載紙を送ったら、その警察署員から、「今後も協力できることがあれば連絡ください」と電話がありました。

 

「亡くなった方の命を取り戻すことはできなくて、とても悔しいですが、同じ視覚障害当事者が直接取材することの大切さを痛感しました」

 

自分だからこそ伝えられることがある

東日本大震災の取材では、同僚の記者と一緒に現地に行きました。その時は、仙台に入るのがやっとで、状況も状況だからそこで帰ろうかと思っていました。

 

「そうしたら支援グループの人が、『せっかくあなたが来たんだから、見えない人が感じることを、見えない人たちのために書かなきゃいけない』と言って、釜石まで車で連れて行ってくれたんです。記者の仕事ができるのは、いろんな人の応援や協力があってのこと。それを忘れるわけにはいきません」

 

今年は、西日本で自然災害が多く発生しました。避難するのもたいへんな視覚障がい者たちは、命の危機にさらされました。

 

「災害報道は、どうしても見える人が中心。災害に遭った視覚障がい者たちがどうしているか、他の地域の人たちも知りたいはずです。災害の現場にも積極的に取材に行き、伝えたいと思っています」

 

見えない人たちが知りたいこと、見えない人たちに伝えたいことを、自身の問題として書き続けていくという佐木さん。ジャーナリストとしてのプライドを感じました。

 

『点字毎日』(発行:毎日新聞社)

1922(大正11)年創刊の週刊点字新聞『点字毎日』は、視覚障がい者と社会をつなぐ架け橋として100年近くの長期にわたって発行されている、世界でもまれな取り組み。現在は点字版、活字版、音声版を発行。2018年度日本記者クラブ賞特別賞を受賞。

https://www.mainichi.co.jp/co-act/tenji.html

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