“触常者”から見たwithコロナの時代<前編>

~「触文化」の意義を考える~

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コロナ禍の「新しい生活様式」では、「触る」ことへの注意喚起がされています。そこで、「触文化」という言葉を提唱し研究されている国立民族学博物館准教授の広瀬浩二郎さんに話を聞きました。

 

視力の有無にかかわらず、触れる体験を楽しむ

13歳で失明した広瀬さんは、自称「触るプロ」。「触文化」という言葉を作ったのも広瀬さんです。「触文化とは?」と聞くと、「目に見えない世界を身体で探ること」という答えが返ってきました。

「視覚や聴覚は目と耳がセンサーになりますが、触覚というのは手や足や頭や肌など全身にセンサーが分布しているのが最大の特徴です。その全身のセンサーを敏感にしてみようという意図があります。」

「触文化」という言葉を生み出した背景の一つには、自身が視覚障がい者であり、道を歩くことひとつとっても、全身の触覚を働かせているから、と語っています。

「白杖を持っていても、白杖だけで状況把握をしているわけではありません。靴を通した足裏の感触、聞こえてくる音の強弱による距離感、風が肌に当たる感覚など、さまざまなセンサーを働かせています。見えている方に、視覚以外で感じるおもしろさを伝えられたらいいなという思いがありました。」

「触る」とは全身で外界に触れることであり、「触文化」とは、視力の有無にかかわらず、触れる体験を楽しむことなのです。

 

眠っていた触覚が、目覚めていく

広瀬さんは「見える・見えない」で晴眼者と視覚障がい者を区別せず、「見常者・触常者」という言葉を使っています。情報収集の手段として視覚をメインにするか触覚をメインにするか、という違いです。

「視覚障がい者がすべて『触常者』かというと、そうとも言い切れません。例えば僕のように盲学校出身で、点字を触って学習してきたような人は、『触る』ことが基本ですし大切にしているので『触常者』です。でも、中途失明や弱視の方は、保有視力を生かそうという意識が強いので、あまり触ることをしません。今は音声パソコンもありますし、点字を学ぶ機会も少ないでしょう。ですので、視覚障がい者であっても『触常者』ではないこともあるのです。」

広瀬さんは、若いころから点字に触れることによって「自分の中に眠っていた触覚が開き、触って情報を得ることに目覚めていった」と言います。そのことが「触文化」研究にもつながっていったのかもしれません。

 

点字は素早くメモが取れるのがメリット

点字の話が出たので、点字についてもう少し聞いてみることにしました。点字はコミュニケーションのひとつの手段であり、人類が生み出した知恵であり文化です。ですが、昨今では点字が読める人・書ける人が減っているといわれています。

「確かに僕も音声パソコンを使い、音訳された本を聞いています。ですが、ちょっとしたメモを取るときは点字のメモ機を使いますね。点字は6点の組み合わせなので打ち込むキーは6つですから、パソコンのキーボードを打つより早いですよ。」

また、海外に行ったときに英語で講演するときにも点字が便利だそうです。

「点字で英語原稿を書いて、それを確認しながら読み上げるので、顔を前に向けたまま話せます。英語の点字では、bならbut、cならcanという略字や縮字があって、速く読み書きできるので助かっています。」

「触常者」として、「触文化」を柔軟に使いこなしながら仕事をし生活している広瀬さん。後編では、「触文化」研究のもう一つの背景である博物館での仕事についてお話を伺います。

 

Prof Hirose Profile

広瀬浩二郎(ひろせ・こうじろう)さん

1967年、東京都生まれ。筑波大学附属盲学校から京都大学に進学。2000年、同大学院にて文学博士号取得。01年より国立民族学博物館に勤務。現在は同館グローバル現象研究部・准教授。「ユニバーサル・ミュージアム」(誰もが楽しめる博物館)の実践的研究に取り組んでいる。

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