視覚障害をもつ人の新しい働き方<前編>

~ブラインドライター 松田昌美さん~

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取材や会議などで人が話した内容を録音し、それを聞いて文字にする「文字起こし」。視覚障がい者で、それを仕事にしている人がいます。名付けて「ブラインドライター」。パイオニア的存在である松田昌美さんに話を聞きました。

 

いつか娘に会うために、働く決意をした

4歳で右目を失明、現在、左目の視野はトイレットペーパーの芯くらい、視力は目の前に出された指が動いていることがかろうじてわかるくらいです。

パソコンを初めて触ったのが、特別支援学校での自立訓練の授業。音声を聞いてキーボードで文字を打つという課題が、とても楽しかったのを覚えています。

「東京で会社員になるのが夢だったので、パソコンに興味があったんですよね。それに、鉛筆をもって紙に文字を書くのは、目がすごく疲れて負担だったので、その点でもパソコンはいいなと思いました。」

埼玉県の学校に通っている20歳のときに結婚し、子どもを授かりました。でも、結婚生活はうまくいかず、21歳で離婚。子どもは先方に引き取られました。

「調停離婚だったんですけど、裁判官に『あなたは障がい者なんだから、働いているという実態がないと子どもは引き取れません』と言われました。とても理不尽だと思ったし、悔しかった。それで、一生懸命働く決意をしたんです。いつか娘に会うために」

 

「助かったよ」の一言が前に進む勇気をくれた

離婚してしばらくは静岡の実家に身を寄せていたものの、きちんと収入を得るために東京で仕事をしようと一念発起し、再び上京しました。美容関係の会社で働きはじめたのですが、リーマンショックのあおりを受けて8か月で解雇。その後、何回も転職を繰り返しました。

「『聴覚障害の人より使えない』と言われたり、パソコンで使う音声ソフトを会社で用意してもらえなかったり。上司からは怒られてばかり、同僚からはいじめられて、あげくのはてには『君は座っているのが仕事』と言われる。どうしていいかわからなくてぼんやりするしかない毎日でした。」

5年が過ぎたころ、障害や難病の女性をテーマにしたフリーペーパーに出あい、編集スタッフの一員になりました。そしてある日、取材記事を書いている編集者から「急いでお願い!」と頼まれたのが文字起こしでした。

「8時間分の文字起こしをして渡したら、『ありがとう! 助かったよ!』って言われて、報酬をもらいました。その時に、これって人の役に立ってるの? 助かったなんて言われていいの? お金もらっていいの?ってうれしくて。そのあとで、『文字起こし』という仕事があると教えてもらったんです。ああ、特別支援学校でやってたことは、出版業の仕事の一つなんだと初めて知りました。」

文字起こし、テープ起こしという仕事は以前からありましたが、視覚障がい者が「ブラインドライター」と名乗ってこの仕事をするのは松田さんが初めて。松田さんの、新しい人生の扉が開きました。

 

集中しすぎて脱水症状になりかけたことも

ブラインドライターは、取材音源を聞いてパソコンに打ち込み、音声読み上げソフトで起こした文章が正しいかを確認します。なので、音源をある程度聞いて一旦止め、記憶した内容を打ち込むという方法をとっています。

「はじめのうちは、取材音源を普通に再生していたんですけど、だんだん遅く感じるようになってきて、今は一対一の会話なら3倍速で聞いて覚えます。音の情報を頼りにしている私たちにとって、聞いたことを一時的に記憶するのはそんなに大変なことではないかもしれません。」

それ以外にも、特有の能力はぞんぶんに生かされています。言葉だけでなく、取材現場の背景まで音でキャッチしているのです。

「音の反響によって、部屋の広さだとか形、長方形か正方形かわかりますね。あと、グラスに入った氷の音がすれば夏の取材だったんだなとか、咀嚼音でこの人よくお菓子食べる人だなとか(笑)」

ブラインドライターは集中力を要する仕事。松田さんは、一度パソコンの前に座ったら納得がいくまで動かないので、トイレに行くのも忘れるほど。水を飲むのも忘れて脱水症状になりかけたこともあるそうです。

松田さんが所属する会社では、急ぎの仕事は何人かで時間を区切って担当し、「何時何分何秒の〇〇という言葉からお願いします」と申し送りをしながらチームワークでこなし、仕事の幅を広げています。

後編は、働いて自立するためのヒントについて聞きます。

 

プロフィール

松田昌美(まつだ・まさみ)さん

1986年、静岡県伊東市出身。「ブラインドライター」のパイオニアとして、視覚障がいに関する講演(埼玉県立大学など)やメディア出演多数。合同会社ブラインドライターズのスタッフとして現在も活躍中。

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